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	<title>真宗史学研究所 &#187; 下新川郡宇奈月町</title>
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	<description>浄土真宗を歴史的観点から研究：真宗史学研究所　親鸞聖人と蓮如上人の旧跡紹介</description>
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		<title>「馬乞の御名号」</title>
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		<pubDate>Tue, 03 Jun 2008 06:47:58 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[吉崎御坊が建立された当時、越前の守護大名・朝倉孝景（敏景）は蓮如上人に帰依し、しばしば吉崎に参詣していた。その愛馬はいつも、道場へ通じる特別の渡り廊下近くの厩に繋ぎ止められることになっていた。
ある日、]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>吉崎御坊が建立された当時、越前の守護大名・朝倉孝景（敏景）は蓮如上人に帰依し、しばしば吉崎に参詣していた。その愛馬はいつも、道場へ通じる特別の渡り廊下近くの厩に繋ぎ止められることになっていた。<br />
ある日、蓮如上人が説法のために、この渡り廊下を通られた際、馬がしきりに頭を下げていた。<span id="more-28"></span><br />
しばらくして朝倉の家来が巡視に回った時、馬がいなくなってしまい、家臣総出で捜したが見つからなかった。</p>
<p>蓮如上人のご説法の終わり頃、大勢の聞法者の中から一人の女性が痛切な表情で<br />
「馬でも仏になれましょうか」<br />
とお尋ねした。蓮如上人は静かに、<br />
「阿弥陀仏は十方衆生を救うとお約束なされている。真剣に聴聞しなさい。弥陀の大慈悲によって、必ず救われる」<br />
とお答えになった。女性は感激で泣くばかりだった。<br />
居合わせた人々は、「人間の後生のことさえ尋ねられないのに、馬のことを尋ねられるとは、あの女は気が変になったのだ。かわいそうに」とささやきあっているうちに、女性の姿は見えなくなった。</p>
<p>説法が終わり、蓮如上人が厩の前を通られると、孝景の愛馬がいつの間にか戻っていた。馬は、蓮如上人の衣の裾をくわえて、放そうとしない。<br />
「さきほどの女性は、この馬に違いない」と、蓮如上人は哀れに思われ、紙と筆を持ってこさせて<br />
「南無阿弥陀仏」<br />
の６字の御名号を書き与えられた。<br />
馬は膝を折り、頭を垂れて、涙を流して喜んだ。<br />
この「馬乞の御名号」は、孝景が下附していただき、その後、家臣の長崎五郎左衛門が出家して蓮如上人の弟子となった時、頂くこととなった。この弟子は慶円といい、父もまた蓮如上人の弟子で、慶聞といった。</p>
<p align="right">『追録　宇奈月町史　文化編』（宇奈月町浦山・願蓮寺の長崎慶秀住職の話）より<br />
富山県下新川郡宇奈月町</p>
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		<title>「槍跡のある御名号」</title>
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		<pubDate>Tue, 03 Jun 2008 06:47:16 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[下新川郡宇奈月町]]></category>
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		<description><![CDATA[一向一揆の勢いが吉崎御坊周辺にまで及んできた時、蓮如上人は、大切なお聖教等を守るために、弟子に持たせて各地に避難させられた。
慶円は、「馬乞の御名号」をお預かりし、大原の辺り（現在の宇奈月温泉駅周辺）ま]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>一向一揆の勢いが吉崎御坊周辺にまで及んできた時、蓮如上人は、大切なお聖教等を守るために、弟子に持たせて各地に避難させられた。<span id="more-27"></span><br />
慶円は、「馬乞の御名号」をお預かりし、大原の辺り（現在の宇奈月温泉駅周辺）までやってきた。ここで見付けた洞穴に一時的に御名号を隠し、ある寺に身を寄せて越前の一揆が治まるのをじっと待っていた。</p>
<p>大原には、内山村（うちやまむら）の畑がたくさんあり、村人が毎日のように出掛けていた。ある日、２、３人の男が山道を歩いていると、日も当たらない山の ほうで何やら光っている。男たちは気味悪がって近づかず、それ以来、山に化け物が住み着いているという噂が広がって、みな畑へも行かなくなってしまった。<br />
そこで村の猟師が２人、光の正体を突き止めに行くことになった。<br />
近づいていくと、洞穴の中から光っていた。中の様子を窺うが、物音一つ聞こえない。そこでエイヤッと竹槍を光めがけて突き刺した。手応えがあったが、ど うやら生き物ではないらしい。２人が恐る恐る洞穴に入ってみると、そこには槍に貫かれた御名号があった。<br />
これも何かの因縁だろうと、大切に奉持して村に帰った。</p>
<p>慶円は、一揆が治まったという噂を聞いて、越前に戻ることにした。そこで御名号を取りに洞穴まで来たが、なくなっている。慌てて周辺を捜してみるも、見当 たらない。困った慶円がふと見下ろすと、内山村が見えた。そこで一軒一軒尋ねてみると、猟師の家にあるのでは、とのこと。<br />
大喜びで慶円は、２人の猟師の所に行き、返してほしいと頼んだ。ところが２人とも、「そんなに大切な物なら、なおさら返すわけにはいかない」と、頑として聞かない。<br />
仕方なく慶円は、京都の蓮如上人にご相談した。上人は、<br />
「御名号が２人の手に渡ったのも何かの縁。２人には新たに御名号を書き与えるから、それと引き替えに返してもらえばよいだろう」<br />
と、２枚の御名号を書いてくださった。それと引き替えなら、と、２人はやっと返してくれた。</p>
<p>その後、慶円は、蓮如上人のお言葉に従い、内山に寺を建てた。この寺は蓮如上人の願いにより建てられたため、「願蓮寺」と名づけられたといわれる。<br />
願蓮寺は今は浦山（うらやま）にあり、槍で突いた跡のある御名号が残されている。そして猟師の家には、今でもその御名号が仏壇にかけられているという。</p>
<p align="right">『追録　宇奈月町史　文化編』（願蓮寺の長崎慶秀住職の話）より<br />
富山県下新川郡宇奈月町</p>
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