「浄土真宗の旧跡紹介」

地名「富山市」

「堤町の蓮如上人腰掛石」

文明6年(1474)、蓮如上人は越中国新川郡にしばらく滞在し、陀羅尼寺村(現、上栄〈かみさかえ〉)に初めて動清水精舎を建立された。その 折、石に腰掛け休息されたのが、「腰掛石」である。動清水精舎は後に、堤町通り(つつみちょうどおり)の勝興寺富山支坊となっている。 (本文を読む)

「町袋の聖人松」

親鸞聖人が承元の法難(1207年)で越後配流の道中、常願寺川にさしかかられた時、川辺の松の根元に腰を下ろして、渡し船が到着するのを待たれたという。これが「聖人松」として長く保存されてきたが、天保年間(1830〜44)に至り、枯れてしまった。 (本文を読む)

「浜黒崎の親鸞聖人腰掛け松」

承元の法難(1207年)によって親鸞聖人が越後配流の道中、越中浜街道を通り、浜黒崎(はまくろさき)の松の下に腰を下ろして旅の疲れをいやされたといわれる。 (本文を読む)

「蓮如上人の清水」

町村(まちむら)の蓮乗寺は、蓮如上人の次男・蓮乗が2代目住持を嗣いだことに由来する名だと伝えられている。 (本文を読む)

「友坂の仏松」

舘定山極性寺は、元、下条郷舘村(富山市水橋舘)に建てられた真言宗の寺院である。
17世住職・慈明院の時、親鸞聖人が寺の前を通るのを寺僧が見て、住職に告げたところ、住職は迎えて法を聴き、問答し、真の教えに感動し、弟子となった。次代の18世・俊空房は、故あって婦中町友坂(ともさか)に寺を移した。 (本文を読む)