「友坂の仏松」

舘定山極性寺は、元、下条郷舘村(富山市水橋舘)に建てられた真言宗の寺院である。
17世住職・慈明院の時、親鸞聖人が寺の前を通るのを寺僧が見て、住職に告げたところ、住職は迎えて法を聴き、問答し、真の教えに感動し、弟子となった。次代の18世・俊空房は、故あって婦中町友坂(ともさか)に寺を移した。
応永17年(1410)兵火に遭い、堂塔伽藍は灰燼に帰し、その後、富山市安田町(やすだまち)に転寺することとなった。その際、友坂の屋敷跡に記念の松を植えて残しておいたので、誰が言うともなく、「仏松」と呼ばれるようになったという。

小柴直矩著・富山郷土研究会編『越中伝説集』より
富山県富山市婦中町