「臼が峰の親鸞聖人銅像・旧跡」

臼が峰(うすがみね)に「親鸞聖人御旧蹟」の標石があり、戦前には銅像も建てられていた(戦時中に供出)という。
この地の伝説では、承元の法難(1207年)によって越後へ向かう道中の親鸞の前に、1人の童子が現れて、言った。
「これより北にあたって1つの社がある。羽咋の社という。ここは仏法有縁の地であるから、早く彼の地へ行って弥陀の本願を弘めよ、私は長い間貴僧を待っていた」
そして親鸞は羽咋に赴き、弥陀の本願を説いたという。

※ 臼が峰……「臼が峰は、富山県と石川県の境界をなす宝達丘陵の一部で、氷見市床鍋と石川県志雄町所司原との境にそびえている。高さ約270メートル、頂上 からの眺めは大変よい。東には、青く広がる有磯のかなたに二上の山脈、さらに遠くへだてて立山連峰、西は、邑知潟(おうちがた)から能登の外海、北に七尾 湾、南には、宝達山を見ることができる。臼が峰の名は、志雄町見砂(みしやご)方面から眺めると、臼を伏せたような形に見えることからつけられたという」 (氷見市公式サイト)

『氷見市史』より
富山県氷見市