「善念寺の柿」

蓮如上人が北陸布教の道中、倶利伽羅(石川・富山両県境付近)にて、岩田善太郎という武士の家に、一飯を請われた。ところが善太郎は邪険に断り、上人の弟子が再三頼んで、やっと粗末な残りご飯を出してきた。
文明14年(1469)、加賀の二俣(ふたまた)で高名な僧侶の説法があると聞き、善太郎夫妻が出掛けてみると、なんと以前に残りご飯を与えた方であっ た。夫婦は驚き、過去の非礼を詫び、蓮如上人の弟子になった。善太郎は「覚円坊」、妻は「妙善」という法名をもらい、上人が柿を植えられた若栗(わかぐ り)の地に寺を建立した(大永年間1521〜28)。これが現在の善念寺である。
この柿の木が、北を向いて茂り、田の陰になるので、寺に願って切ることになった。ところが翌朝見ると、東を向いていたという。その後、大風で倒れたま ま、横たわった幹の4カ所から根付き、その幹から伸びた4本の枝が幹になって柿をならせている。そこで、「寝てなる善念寺の柿」と呼ばれている。

『黒部市史』より
富山県黒部市