「上宮の聖人霊現」
江戸時代のこと。上金剛寺(かみごんごうじ)に、信仰心厚い甚七という者がいた。
宝暦年間(1751〜1764)、上宮(かみみや)の満法寺本堂の再建工事が、進んでいた。
しかしその年、凶作となり、中止されるという話を聞いた甚七は、驚く。
「工事が中止されては、御本尊が雨ざらしになってしまう。何とかしなければ」
彼は意を決し、同士を募り、無断で墓地や寺院境内の木を切って再建を進めたのである。
急いだかいあって、御本尊は守られたが、無許可工事を行ったために甚七は牢入りとなってしまった。
服役も数年に及んだある夜、一人の僧が、時の満法寺住職の姿となって現れ、
「甚七、明日、罪はご赦免になるぞ。永々、ご苦労であった」と言って消えた。
翌朝、そのお告げどおり、甚七は牢から出された。
感涙にむせんで満法寺に駆けつけ、御本尊や親鸞聖人の御影の前で、お礼を申し上げると、親鸞聖人が、数珠を掛けられた御手を目の先までスッと上げられ、甚七の功労をお褒めになったのである。
驚きながらも感激した甚七は、そのまま住職のもとへ行き、昨晩の牢でのお告げや、聖人の御影の不思議な出来事を話すと、住職も首をかしげた。「わしは、そんなことを知らない。牢には行っていないぞ。その時は、寺役を勤めていた」
「さては、昨日の僧は、親鸞聖人だったのか」
甚七はなお一層感激し、再び聖人に深々と礼をして帰っていったという。
『立山町史』より
富山県中新川郡立山町