【07】比叡下山

 親鸞は、比叡山での20年におよぶ修行でも魂の解決ができず、精も根も尽き果ててしまいます。ついに29歳の春、天台宗の教えに絶望し、下山を決意します。
 大乗院の夢告の翌年、正治3年=建仁元年(1201)にあたります。
 その時の苦悩が、『歎徳文』に記されています。

 静寂な夜、修行に励む親鸞が比叡の山上から見下ろす琵琶湖は、鏡のようでした。
「ああ、あの湖水のように、私の心はなぜ静まらないのか。静めようとすればするほど散り乱れる」
 思ってはならないことが、ふーっと思えてくる。考えてはならないことが、ふーっと浮かんでくる。どうしてこんなに、欲や怒りが逆巻くのか。自分の心でありながら、どうにもならない心に親鸞は苦しみます。涙に曇った眼を天上に移すと、月はこうこうと冴えている。
「どうして、あの月のようにさとりの月が拝めないのか。次々と煩悩の群雲で、さとりの月を隠してしまう。こんな暗い心のままで、死んでいかねばならぬのか。このままでは地獄だ。この一大事、どうしたら解決できるのか……」

「後生暗い心」の解決を求め、必死に修行を重ねてきた比叡を下りる時のつらさは、いかばかりであったでしょうか。
 ただひたすら、この一大事の解決一つを目的として、新たな道を歩み始めたのでした。

〔歎徳文〕

定水を凝らすと雖も識浪頻りに動き、心月を観ずと雖も妄雲猶覆う。しかるに一息追がざれば千載に長く往く、何ぞ浮生の交衆を貪りて、徒に仮名の修学に疲れん、須らく勢利を抛って直ちに出離をねがうべし。