【02】父母との別れ

親鸞は幼名を松若丸、または松麿(字を分解すれば「十八公麻呂」)と名づけられました。
4歳で父を失い、母も8歳で亡くしたといわれています。
幼くして両親を失う、というこの体験が、後の出家の、大きな要因になったのでしょう。

[親鸞聖人正統伝]

同歳(4歳)安元二年丙申五月十八日、御父有範卿卒去せらる。由之、十八公麻呂、御舎弟浅麻呂二人ともに、伯父若狭守範綱卿の養子となりたまえり。
同年(8歳)五月二十一日、御母公吉光女、いささかの所労にて逝去したまう。

[親鸞聖人正明伝]

(安元2年=1176)の夏、厳父后宮太夫逝去あるのあいだ、十八公麿舎弟朝麿ともに、伯父業吏部[若狭守範綱]の猶子となり、しばしば俗典をならい、聚蛍のみさおかつて懈なし。
八歳五月の末のころ、御母堂貴光女かくれたまえり。いまだ四十にたらぬ御齢にて侍き。臨終のとき、範綱卿夫婦を呼まいらせて申されけるは、二人の幼児ども四歳にして先考におくれ、八歳にしてまた母をうしなう。世にためしなき単孤無頼の者にてはべるなり。