【01】誕生


京都市伏見区にある、日野誕生院は、親鸞聖人生誕の地、として有名です。

時は承安3年。西暦に直せば、1173年に当たります。
誕生日は5月21日(新暦)。旧暦では4月1日ともいわれます。

父は藤原氏の一族、日野有範。母の名は吉光(=貴光)と伝えられています。
そしてこれから、親鸞90年の波瀾万丈の生涯が始まるのです。

[親鸞聖人正統伝]

御母吉光女、つねに菩提心ふかし。或夜、しきりに浮世の無常を観じ、西首して臥たまう。其夜の夢に西方より金色の光明かがやき来り、身を遶ること三匝にして、口中に入こと箭の如し。夢中に驚て西方に向たまへば、一の菩薩ましまし、長一尺許の五葉の松一本を持、これを授て言わく、吾は如意輪也。汝奇異の児を生ぜん。必ず是を以て名とすべしと云云。夢さめて、不思議の思をなし、明旦有範卿、禁裏より退出を待て此事を語たまう。有範卿、しばらく案じて曰く、昔し菅丞相は身上に松生と夢みて、横難に逢たまえり、然ども、君が夢は必ず祥瑞ならん。但し恨らくは奇子を生ずとも僧徒となりて、我家は継べからずと。是より始て、吉光女有身したまう。(略)

御誕生は、人皇八十代高倉院御宇承安三年癸巳四月朔日也。

[正統伝後集]

親鸞聖人、姓は藤原、大織冠鎌足十八世孫也。父は皇太后宮大進有範、母は源氏対馬守義親女子、其名吉光女。人皇八十代、高倉院承安三年癸巳四月朔誕生す。

[親鸞聖人正明伝]

釈親鸞聖人、姓は藤氏、大織冠鎌足の苗裔、勘解由相公有国五代の孫、皇太后宮大進有範卿の嫡男なり。母は源氏、八幡太郎義家の孫女貴光女と申き。常に意を菩提の道に帰せり。一宵、浮世の無常を観じ、ひとり西首して臥たまう。夜まさに半ならんとするに霊夢あり。忽に光明あって身をめぐること三匝、ついに口より入れり。貴光女おどろき、臥ながら光のきたる方所を見に、枕の西に一人あり。面容端厳にして、瓔珞のかざりあり。すなわち告てのたまわく、我は如意輪なり。汝に一男子を授べしと云云。貴光女是より有胎いませり。

承安三年夏のはじめ、誕生まします。御名を十八公麿ともうしき。

[親鸞聖人御因縁秘伝鈔]

釈親鸞聖人ともうすは、源空聖人面授相承の神足、一向真宗の元祖なり。世姓は藤氏、大織冠の苗裔、弼の宰相有国卿五代の孫、皇太后宮大夫有範卿の御男なり。